江藤は、部下とともに道での聞き込みをしていた。といっても、辺りはすっかり暗くなり、また、ここが都心から離れた郊外であるため、人通りもなかった。しかし、何の手掛りもなく途中で引き返したのなら、上司に愚痴を言われてしまう。

「本当にこんな道に手掛りなんてあるんですかね。」

 部下は、無気力をあらわにして言う。

「弱音を吐くな。昔から現場百回というだろ。つべこべ言わずに気を引き締めろ。」

 と、言い放った江藤の気も滅入っていた。

 そもそも、江藤たちの取り掛かっているこの事件は、一筋縄ではいかない謎に満ちていた。昨日、ある平凡な家庭の女子高生が自宅で自殺を遂げた。──いや、自殺ということになっている。彼女の部屋から何物も盗まれた様子がないし、荒らされていたという形跡もなかった。カッターを手首に当てて死んだというのなら、理解に苦しむことはない。が、傷痕は、手の平から腕まで及んでいた。死因は、いうまでもなく出血多量である。

 不明な点がもう一つ。自殺の動機がないのだ。遺書がなく、両親に尋ねてみてもそれらしい返答がない。学校からの帰宅直後に取り乱した様子で部屋に引きこもり、行為に及んだ、ということだけを証言するのみである。

 かといって、学校に原因があるのかと訪ねても、それらしい話が聞けない。ただ、友人の話によると、彼女は、極端に思い込みの激しかったらしい。「こんな問題ができない奴は窓から飛び降りろ、」と教師の冗談混じりに言ったところ、本当に飛び降りようと試みたというのである。また、目当ての男の子の為に書いたラブレターの待ち合わせ場所で、倒れるまで待っていたこともあったそうである。それでも、あのような自殺にいたるというような話が浮上しなかった。恋をしているなどという、噂を聞くこともなかったし、いじめがあったというのでもない。学校での成績が、極端に悪くなったわけでもなかった。

 で、この道。この道は、その女子高生の通学路であった。江藤の最後に予想していた強姦という線も、この道を歩いてみると、どうやら場違いであったらしい。まさか、黒猫を見て自殺したのでもあるまい。もはや、考え得るすべての道が絶たれたのだ。

 そんな江藤達の目に飛び込んできたのは、道の隅でひっそりと生業をしている易者の姿だった。

「お前は何をしている。」

 そう言いながら警察手帳を出す江藤の前に、易者は視線を落としておどおどと言う。

「これは、これは。警察の方ですか。いや、しかし、路上商売の届は明日にでも提出しに行こうと思っていたもので、」

「そんなことはいい。お前はいつからここで商いをしているんだ。」

「えっと、──三日前からです。しかしですね、そんなに儲けていないから、まだ届を出さなくていいなと思ったんです。まさか巡回に来るなんて思っても見ませんでしたよ。」

「そんなことはいいと言っているんだ。とにかく聞いたことに素直に答えろ。──三日前からだな。じゃあ、この娘の顔に見覚えがあるか。」

 そういうと、江藤は胸元のポケットにしまってあった女子高生の写真を取り出した。

「ええ、ええ。おぼえていますよ。なんたって、彼女がここでの唯一のお客さんでしたからね。」

「それは、いつだ。」

「昨日ですよ、」

「なんだって──昨日の何時だ。」

「ええっと、そうですねえ。ちょうど今ごろと同じ時間帯でしたよ。」

 そのとき、部下が江藤の耳元で「死の直前です、」と呟いた。江藤は、ごくりとつばを飲み込みながら、語を次いだ。

「お前は、一体彼女に何をしたんだ。」

「何って、やだなあ。私は易者ですよ。ただ、手相を占っただけですよ。」

「手相だって──やはりお前か、お前が犯人なのか。」

「犯人だなんて、何を言っているんですか。私はただ彼女の手相を見て『申し分ない。ただ、難を言えば、生命線が短すぎる。こんな短さなら明日死んでもおかしくはない。まあ、気にしないことだよ。』と言っただけですよ。そうしたら、彼女、気を悪くしたのか、すぐに帰ってしまいましたよ。おかげでこちらの収入はゼロです。だから、まだ届は出さなくてもよかったですよねえ──」

「なんてことだ。それで彼女は自分で生命線を延ばそうと──。明日死ぬどころか、当日死んでしまいやがった。」

 

平成十二年五月十日