カレンダ

カレンダ

 臆病者の、典型的な性癖を思い描くとすれば、まさしくさもありなんという特有の雰囲気を、佐藤は、まざまざと目の前の人物に観察することができた。

 清水は、しきりに動揺していた。無論、警察の取り調べ室内の中で平然とさせていては、佐藤の威厳に関わるというものだが、今回は、勝手が違っていた。

 あるいは、清水の取り乱し様は、数時間前の「彼の妻を刺殺した」ことに起因しているのであろう。つまり、清水は、殺人者だ。小心者が、衝動に駆られて罪を犯せば、呵責に取られて陥る典型的な状態なのかもしれない。

 佐藤は、「ハア」とため息をついて、項垂れた清水に一瞥した。強面の名で通っている佐藤も、こうなってはなす術がない。凄みを効かせて更に症状が悪化されたものなら、ため息が一つばかりでは済まない。

 願うことなら、自分が解放されたいものだ、と思いしいしい、佐藤は、鉄格子から覗く冷ややかな月をにらみあげた。

 「すみません、刑事さん。」

 と、突然、清水が、話しかけてきたので、佐藤は、唖然として清水を振り返った。

 「今、何時です? 」

 「何だって、お前は殺人を犯しておいて、気がかりなのは時間なのか? 」

 佐藤は、あきれ返ってしまった。

 「ええ、ええ、早く家に帰らないと。」

 「何を言っているんだ? お前は人を殺したんだぞ。家に帰れるわけがないだろう。」

 「でも、で、でも、カレンダーが……。」

 「カレンダー? 」

 それっきり、清水は何もしゃべることはなかった。

 

 佐藤が、清水の家の居間にあったカレンダーを調べると、恐るべき清水の生活を垣間見ることが出来た。

 カレンダーの作りは、典型的な、一ヶ月に一枚、十二枚綴りで一年となるものであった。日曜から土曜日までが、格子状になっており、曜日の各セルに対して日にちが割り振られていたのだが、格子の中には、ゴマのような粒が所狭しに埋め尽くされていた。

 よく見ると、とても細かな字だ。

 その字の内容は、清水の家を出かけていた記録と思しきものだった。つまり、出発と帰宅の「秒単位」までの範囲と、用件、会った人物の名前などの詳細が書かれていた。事件前日まで、克明に反映されていた。

 字から判断すれば、これを書いていたのは「清水の妻」であろう。清水は、出かけていた用件を洗いざらい言わされていた。彼にとっては、家の外すべてが大きな檻であったのかもしれない。

 

 清水は、妻を殺してカレンダーの呪縛から解放された。しかし、事件当日以降が空白のままになり続けるのは、まるで、今の清水の虚無感を表しているようだ、と佐藤は思った。

 

平成十八年八月十七日