シャレコウベヲヒロウオトコ

髑髏を拾う男

 エット、──ごーまん、ななせんット、よんひゃく──エ、に、──イヤ、さん、かナ──ウーンと、エ、ナニナニ、こんなところでナニをしているかって。ハハハ、そりゃ、見れば判るじゃないか。エ、地獄があまりにも暇なところだから、気でも狂ってしまったのか、だと。ナニを言う、俺はナ、退屈を噛殺すなんてことは、今までに何十、何万とヤッてきたが、今やっていることがまさにそのうちの一つなんて思われるとはマッタクモッテ心外だナ。じゃあ、ボンクラ男が、どうしてこうも熱心に髑髏を拾いまわっているのかって。──ホホウ、お前サンは、どうにもオレを気違いに祭り上げようとしているようだが、──ハハン、そんなオレに話しかけるお前サンもスコブル変わった人間ではないか。ここでは、自分の前世での悪業を清算するのに精一杯で、大体、空腹を噛殺すだけでも生きた心地──ハハハ、この言葉は語弊があるか、──死んだ心地がしないというのに、そもそも、お前サンのように、他人に話しかけることに頓着する奴なんて、珍獣中の珍獣では無いか。ソウでなかったら、よっぽど、おませサンだ。──ナニナニ、空腹状態なんて、とっくに慣れてしまったのか。ホホウ、お前サンは、ちっこいくせに、何とも達観した頼もしい奴だナ、──ちっこいは余分だって、か。──ハハハ、そりゃ、悪かった、ハハハ。

 久しぶりに人と話したせいか、どうにも、しゃべり足りないという気がするナ──お前サン、折角だから、もうちょっと話を聞いていくか──血ノ池地獄のド真ん中まで来たのだから、聞いていかなきゃ損ではないか。ナニナニ、元からそのつもりだと、フウム関心に感心。まあ、そこの髑髏に腰掛けて、──ハハハ、祟られはしまい。既に地獄に居るってのに、これ以上、何処に落ちるというのだ。座り心地が悪いだと──我が侭を言うと、それこそ祟られてしまうぞ、ハハハハハ──。

 今から話すのは、オレのとっておきの話だ。ずううととっておくことにしようと思ったのだが、良い機会だから特別に聞かそう。ナニを隠そう、舞台はこの地獄で起きたのだから、今話す機会を逃すと、いつ披露できるとも限らないからナ。

 さて、この話をする前に、地獄にはとっておきの場所が一箇所だけあるということを知っておいてもらわなければならない。──そこが何処なんて知っているのは極少数、──しかも、タダでさえ、無口な地獄の住人が皆皆、口を揃えて、その場所を言いたがらない。にもかかわらず、その場所にまでたどり着ける者が満更ではない数いるのだから、地獄耳とは良く言ったものだ。

 ナニ、お前サンもそこを探しているのだと、──ハハン、だから、わざわざ気違いのボンクラ男に声をかけたのだナ。

 だが、悪いことは言わないからやめておけ──などと言っても、お前サンはそこを探しかねないような目をしているナ。まあ良い、今からオレの話を聞いておいて損はない。口実は出来たようなものだナ、ハハハハハ──。

 オレが、この地獄に着たときにはナ、──そうそう、お前サンのように、うすのろな顔をして、この地獄を右往左往と、途方も無くさまよった。そうして、何処もかも歩き回ったあとに、はあ、とため息をついて、ココがどうしようもなく地獄であると実感したわけだ。そうなると、地の底に沈んでしまったように気分が滅入ってしまった。

 さ迷っていた時分に、ふと頭に過ぎったのが母様の顔だ。現世に居るときには、ろくに顔を合わせず、たまにあっては、愚痴を溢すものだから、散散疎ましがっていた、あの母様がダ、こう一度地獄に落ちて、もう、生き顔も、ましてや、御墓さえも仰ぐことが出来ないとなると、ドウにも無償畜生に悲しくなってナ、いてもたっても居られないところへ、あの噂を聞いたわけだ。あの噂とはドウいうのだって──ハハハ、お前サンはそれを聞いてここまで来たのではないか。──噂によると、地獄に居ながらにして、天国に居るものと会話を出来るというのだ。オレは、すぐさまその場所を目指した。しかし、当の噂の場所──ココに、どうしてこんなに髑髏が落ちているのかって──ハハハ、お前サンもなかなか鋭いナ──まあ、その応えは、オレの話を聞けばおのずと判るであろうから、話を先に進めることにしよう。

 オレは、母様が天国に居ることは判っていた。なぜかって、ハハハ、こんな地獄に落ちるような畜生を、幾度も幾度も面倒をみてきたのだからナ、天国に行ってもなおも御釣りがくるってものだ。その母様に、一言御礼が言いたいと思ったのだから、オレもなかなかどうして改心しただろう──ハハハ、地獄は、本当に恐ろしいところだナ。

 で、オレもお前サンのように、この髑髏の丘まで来たわけだ。無数に存在する髑髏を掴み踏みしめつつ、登っていくと、天辺をたどり着いた。──ほら、あの上の上──ナニ、見えない──ホラホラ、目を凝らして、ほのかに白いあの部分が天辺だ。ソウソウ、あそこまでいかなきゃならんのだよ。簡単にたどり着いたなんて言ったが、しかし、オレ以外に、天辺にたどり着いた奴は、見たことがないナ。──何故わかるかって、ハハハ、今までこうして髑髏を拾っている間に、オレの前を何十、何百の輩が通りすぎていったが、降りてくるきゃつらを見ると、どうしようもなく絶望に満ちた微笑を顔にたたえながら、転げ落ちてくるのだからナ。──ソウソウ、そもそも、帰って来ない奴がいないのだから。地獄に落ちて、何かにすがろうなんて輩は、根性が座ってないのだろうがね。然るに、十数日かけて、オレは、この丘の天辺までたどり着いたのだ。──といっても、どれだけの日数が過ぎたかわからない、三日程度かもしれないし、相当の月日を費やしたのかもしれない。そもそも、この地獄には、時間の認識が必要無いのかもしれない。そうすると、どうだ──時間厳守ってこともなかろうし、ちょっと待って、などという発言もおかしくなる。すべてが狂い始めて、結局は、すべてが怠慢になる。だから、努力なんてものは、次第に失われていくのだろうし、執着もなくなってしまう。時間の認識が失われていくのを認識するか否かによって、きっと餓鬼になってしまうか否かが決定されてしまうのに違いない。だから、地獄のものどもに根性の根の字も生じないのは、或いは仕方の無いのかもしれないがナ、ハハハ──。

 話が逸れたが、オレが散散、文字通り、骨を折って登った天辺には──何もアリはしなかった──全く、散散たるありさまだったのだ。──今まで通りの白い髑髏の更につみあがったものが無くなっただけに過ぎない。ああや、くたびれモウケだ、と、天に向かって唾でもかけてやろうかと見上げると、丁度、上空にただひときわ輝くの光が、目に映った。いままで、何気なく見上げていて、星とばかり思っていたものが、これほどまでに登ると、夜空に輝くお月さんみたいに大きく見えるのだと判ると、何だか、妙に望郷にも似たしみじみとした気分になり、さっきまで込み上げていた、分別の無い憤りなど、真っ暗闇のナカへとけこんでしまった。

 するとドウだ、暫く空を見上げていたオレの耳に、卒然、遠く、深く、力強い調子の声が響き渡り、──それが、天国からの声であるのに刹那も疑いは無かったナ。

 ──よくぞ、ここまで来た、云云云云──と、まあ、そのくだりからいって、仰仰しい説教のようであり難い祝詞のようであったが、まあ、内容としては、オレが噂で前前から聞いたことがあるものと、相違無かったナ。つまるところ、天国に居るものと、会話が出来るというわけだ。

 オレは、そのものに、もったいぶった上に、それとなく母の名を告げた。すると、どうだ、声の主は、感心したような溜息を漏らした。

 ──いいだろう、と唸ったのち、突然その声が止んだ。すると、すぐさま、呻きのようなか細い声が劈くように響いた。

 ああ、それに耳を傾けた途端、オレの目からどっと涙があふれ出てきたのだ。地獄に落ちたありさまだからナ、こんな身分で母様の言葉を聞くことが出来るなんて、ありがたくてありがたくて堪らない。母様も、すすり泣きような擦り切れた声で、しきりにオレの名を呼ぶものだから、嬉しいやら、恥ずかしいやらで、モウ、みっともないほどのぐちゃくちゃのありさまになった。

 と、そこへ、急に母様の声が低まって、呟いた。

 ──実はな──。と、思いも寄らない話をし始めた。

 ──お前を助けてやろうと思ってなあ。

 助ける? ──オレは、一体何を急にそんな話を始めるのだと、訝しいほどの驚きで、その心境を言葉に出来ない状態だった中を、母様はたんたんと、オレの助かる方法を説明し始めた。

 今から垂らす網を上に登ってくれば、天国へと通じている。その網につかまって、ひたすら上りなさい。ただし、何があろうとも、下を見てはならない。──というようなことを、口早に伝えてきた。

 漸く、母様の「助ける」の意味を理解したが、ドウにも、気乗りがしなかった。大体、地獄から天国に行くという前例を聞いた試しはないし、内容はドウも「蜘蛛の糸」に酷似しているから、胡散臭さを感じずにはおれなかった。が、しかし、母様の声は真に迫るものがあるし、オレを助けようという感情が、針をたしなむように痛い程、伝わってきたのは確かだ。そうした心境が右往左往して、ドウにもハッキリしない返事を伝えると、それを聞いた母様は、大声で荒げた。

 ──お前は、網を渡る勇気もないのだね。ああ、あきれてしまった。まさか、地獄に落ちて漸く改心したと思ったのに、未だ親を泣かせるのだね。このボンクラ。──

 そこまで言われると、ついにオレの頭の血も上り、何でもやってやる──と、言い返してやった。

 すると、天にある月ほどの光から、するすると、網が垂れ下がってきた。で、丁度、オレの頭くらいのところまで来ると、如何にもオレに上れと言わんばかりにぴたりと止まった。ようし、それならば、これを登りきって天国の母様にぎゃふんと言わしてやろう、と意気込んで、ぐいと、しっかりと綱を掴みしいしい、登り始めたのだ。

 その網を手にした途端、奇妙な感覚がオレを襲った。今思えば、身震いしてしまうがナ。然るに、その時は、何も知らなかったわけで、──まあ、何も知らないから、ただ、血生臭く、ほのかに暖かく、妙にべとべととして、こんなものを垂れ下げる天国の住人は、なんとも悪趣味だナ──と、ぶつぶつと文句を吐き出したわけだ。

 ──ソウソウ、時折、オレが悪態を呟くたびに、風もないのに、大きく揺れるものだから、そういったときは、流石に閉口して、目を閉じて、ガタガタと震えながらも、必死になって、網にしがみ付き、揺れがおさまるのを、じじと待つより他なかった。で、悠久なる時間をも思わせるそのときを凌いで、漸く網が安定すると、再び、ぐいぐいと引っ張り上げて、ゆっくりと登り始める──この全くトンデモナイ所業を何十回、何百回と繰り返したか、知れない。

 さて、そうこうするうちに、オレにも、多少現状を把握する余裕が生じ始め、そうするが早いか妙に不安な不快な気持ちに襲われた。というのも、この網が、不思議と悪趣味な素材で出来ていると述べたが、オレが既に通過した網の部分は、ぽとりぽとりと、脆くも崩れ、落下しているのに違いないという妄想──いや、ほとんど、確信に近いような感覚に取り付かれてしまったのだ。さて、ソウ思い込むと、──どうだ、強がって登ってきた今までの意気込みが、神妙に捩れ曲がって、モウ、脳髄の中身は、不安でイッパイになってしまっていた。

 また、登るにつれて、網の形状が、実はとんでもなく奇妙に変化しているのが、手にとっているのだから、気づかないはずはなかった。血生臭くて、非常に柔らかくざらざらな部分かと思えば、ピンと筋張りつるつるとスベるもの、──そうして、一番登りやすかったのは、髑髏のように白くて、うっすらと視覚でも確認でき、細長く、硬く、節があるもの──そういったものが、交互に連なって網になっているのだということが、手の平からぴりぴりと伝わってきた。

 オレは、実は、上昇などしてはいないかと、不安になって、幾度となく天を見上げた。すると、月のような微かな光の穴は、微かではあるが、手綱をたぐりよせるにつれて、次第に大きくなっているのが、確認できた。その穴の存在だけが、唯一の心の支えだったわけだ。で、上に向かうにつれて、その穴から、光が発せられ、網がそこへ向かって繋がっているのが、──勿論、今から思えば、穴から垂れ下がっているのだから、「網が穴に向かっている」というのは、逆説的で非常に滑稽で皮肉なことだが、──ありありと判ったのだ。で、その穴に近づくにつれて、辺りの様子が、光に照らし出されて、色づいているのも、この目でキッカリと、確認できた。

 ──ああ、しかし、あの時の光が、どれだけの残酷さを極めていたか、──その光によって、漸くオレの握っている綱の正体が、判然としたのだ──網は人間を長く引き伸ばして出来ているのに違いない、と。気持ちが悪いくらい妙にべとべとしていたのは、血の付着のためだ──網の形状が異なっていたのは、人間の臓器、皮、骨が、混在していたためだ──そうして、オレは、それらを知らずに、ぐいぐいと引っ張り上げて、天国へ向かっていたのだ──そういったことを、このボンクラな脳が悟ってしまうと、オレの身体は、もう、どうしようもないくらいに、がたがたと震え出した。

 それでも、オレは少しずつ進まねばならないという義務感を宿した。──母様に会わねば──それだけを願いながら、もう、すっかり目を閉じて、慎重に、ゆっくりと、網を手繰り寄せた。触覚は、痛いくらいに引き伸ばされた臓器を噛み締めていた。

 ──やがて、俺の手は、硬い比較的大きなモノに触れた。──これは、何であろう。と、あまりに単純に──首を傾げた。──いや、そんなことを思わずとも、オレは判ってしまっていた。それは、──たった今、手に掴んだのは、──まぎれもない、頭蓋骨だ。

 すると、オレの目は、いつのまにやら、かっと見開いてしまっていた。天井から発せられる光でその骨は燦然と輝いている。──天国が近いのだ、と心を落ち着かせようとしたが、オレの眼界の焦点は、頭蓋骨から離れなかった。と同時に、オレの目からはらはらと涙があふれていたのだ。──もう、マッタク不思議であったが。

 オレの頭の中は、真っ白になっていた。が、ぽかんと開いたその空間の領域に、絶望に近い疑念が入りこんできた。

 ──マサカ、マサカ、そんなはずはあるまい。トンデモナイ愚かな思いつきにかぶりをふって、恐ろしく震えつづける右手を頭蓋骨の上にかけた──その網の形状は、髪の毛であった。ゆっくりと身体を持ち上げ、頭蓋骨に足をかけると──。

 ふわり──頭蓋骨が落下してゆく──。

 ──かかああさああああまああああ──絶叫と共に、オレは、思わず、見下ろした。オレの曇った視界の中で、白い点がどんどんと小さくなってゆく。──と、同じにオレの握っていた髪の毛がぶちとちぎれた。そのときに、オレは漸く言いつけを思い出した。──そうだ、見下ろしてはいけなかったのだ。

 と同じに、間近で輝いていた天国の穴は、見る見るうちに小さくなっていった。そうして、オレは、髑髏の丘へと落下した。

 ──話は以上だ。

 ナニナニ、お前サンだったら、頭蓋骨に頓着せず、そのまま登ることが出来る、か。──ホホウ、それは、感心だな。

 お前サンが何と言おうと、オレはこうして再び地獄に落とされてしまったことを少しも、不満ではない──むしろ、あり難いとも感じている──こうして、髑髏の山を漁っていることにナ。──ハハハ、まあ、気が違ってしまったと言えば、それまでだがナ、ハハハ。

 ──ナニナニ、今、お前サンの座っているモノが、母様の頭蓋骨かもしれないではないかって。──ハハハ、そんなはずはあるまい、そんなはずあるまいよ。ハハハハハ──。

 

 平成十四年九月五日