山水堂
イロエンピツ
色鉛筆
──TERU-soachさんのお題『色鉛筆』より──
──あ、おじさん、元気だった? ──え、今回の事故のことを教えてくれ? エエ、いやだよ、思い出したくないよ。しかも、おじさんって、もう警察の人でも何でもないんでしょ? ──だって、ユウちゃんが言ってたもん。──どうしても? ウーン、弱ったなあ。──エ、今度こそアメ玉くれるの? 本当に? 約束だよ。──しょうがないなあ、じゃあ、話すよ。──ウン、僕、良い子だよ。
──あのゲームとの関係? ユウちゃんの家で繰り広げられているゲームのことね。確かに、あのゲームが関係しているよ。僕も、ゲームのことを知って以来、参加しているもの。おじさんも参加してくれないと面白くないよ。
──エッ、どうして参加しているんだって、言われても……やだなあ、面白いからにきまってるじゃないか。おじさんの質問が面白くないよ。──そ、そんなに怒らなくても……。
──そうそう、ルールは前と変わっていないよ。参加者は、与えられた「お題」に沿って「勝利条件」を満たし、いち早くほかの参加者をおとしいれるか、ただ、それだけ。
──今回のお題? うーんと、お題は「好意」で勝利条件は「踏みにじる」だよ。……どうしたの、おじさん、渋い顔して。──あの事故と関係なさそう? そりゃそうさ、あの事故のときは「前回のお題だったんだから」。
──いじわる? エエッ、僕は、言われたとおりに、きちんと、今回のお題を言ったのに……。──わ、わかったよ、前回のお題ね。
お題が「色鉛筆」で、勝利条件は「怪我をさせる」だったよ。
──そうそう、そのお題を出したのも、おばさん。──あ、うん、ユウちゃんのお母さんのことだよ。おばさんの勝ち方は、すごいね、まるで、未来が見えているみたい。
──お題だけでは、詳細が分からないから事故の当時のことを教えてくれ? ……うーん、話しても良いけど、僕が言ったっていうのは内緒だよ。あと、アメ玉のことを覚えてるよね? ──約束だよ、味は、ストロベリー味だからね。
あの日、僕のクラスで、理科の授業があったんだ。──ウン、そうそう、理科室であったんだよ、おじさん、よく知ってるね。──そのことは、調べた? ふーん。
授業の内容は、カエルの解剖と観察だったの。実験だったから、班に分かれたの。──うーんと、五つの班に分かれたよ。ひとつの班につき、六人くらいだったかな。僕は、ユウちゃんと同じ班だったよ。ちょうど、ユウちゃんと向かい合うような席だったの。……そういうと、僕が、疑われちゃうかな? えへへ。
まず、班の皆で、カエルの解剖をしたんだ。怖がる僕らを尻目に、ユウちゃんは、積極的にカエルにメスを入れていたよ。僕たちのリーダー的な存在だからね。みるみるうちに、カエルのおなかはピスで引っ張られていって、ぱっくり内臓が見えるようになった。
先生は、無事、すべての班が、カエルのおなかを開いたのを確認したのち、言ったんだ。「では、次は解剖したカエルを観察しましょう。班の皆で、協力しあって、ひとつの紙にカエルの内臓を描いてください。各内臓がどういう機能なのか分かるようにきれいに色分けして描いてくださいね」
一班にひとつ、色鉛筆を持参することになっていたんだ。僕らの班は、ユウちゃんが色鉛筆を持ってくることになっていたよ。
ユウちゃんが色鉛筆を取り出そうとした、ちょうどそのとき、コンコンコン……と、理科室のドアの外側を叩く音がしたの。先生が不審に思ってドアを開くと、声がしたよ。
「ユウスケが、色鉛筆を忘れてようですので、お届けにあがりました。お手数ですが、渡していただいてよろしいかしら、オホホホホホ……」
姿が見えなかったけど、確かにおばさんの声だったよ。──そうそう、ユウちゃんのお母さん。
「それは、どうもありがとうございます」と言い、先生が、色鉛筆のケースを受け取ったんだ。
そのとき、唐突におばさんは言ったんだ。「なんだか、部屋の中が臭(にお)う気がしますけど」
「臭(にお)い……ですか? 」
「エエ、気のせいかしら。気にしないでくださいね、では、失礼いたします。オホホホホホ……」
という笑い声とともに、おばさんの声が遠ざかっていった。
その姿を見送ったのち、先生は、ドアをぴしゃりと閉めたけど、最後の一言が気になったのか、鼻をふんふんとして辺りを気にしながら、ユウちゃんの側まできたの。
「これ、お母さんが持ってきてくれたよ、あとでお礼を言っておきなさいよ」
色鉛筆のケースを受け取ったユウちゃんは、困惑していたよ。それもそのはず、だって、ユウちゃんは、「色鉛筆のケースを忘れていなかった」んだもの。
──どういうことって言われても……。ユウちゃんは、ちゃんと、自分の色鉛筆のケースを机の上に出してあったの。だから、ユウちゃんが自分で持ってきたものと、おばさんの持ってきたものとで色鉛筆のケースが二つになってしまったわけ。──そう、ひとつ余分だったの。しかも、見た目が全く同じケースだったんだ。
だから、僕は思ったよ、これは、明らかにおばさんがユウちゃんに仕掛けてきたんじゃないかって。ユウちゃんもそう思ったに違いない。だから、おばさんが来て、皆がそちらを見ているときに、そっと、自分の色鉛筆のケースを隠すようにしたんだ。周りの友達に、ケースを二つ持っているのを知られてしまうのがまずかったからね。──どうして、自分のを隠したのかって? それは、ケースが二つあるのが班の皆にバレてしまうと、同時に二つの色鉛筆を使うことになってしまう。ユウちゃんにしてみれば、おばさんの持ってきた色鉛筆なんて怖くて使えないはずだ。だから、それを防ぐために、何とかしようとした結果だと思うよ。
先生が、黒板の前に立つと「では、観察を続けてください」と言った。でも、先生は、ないも落ち着かない様子で、鼻をふんふんとさせながら、いろいろな場所を点検し始めた。おばさんが言っていたことを気にしていたんだね。
ほかの班の皆は、カエルと紙をにらめっこしながら、色鉛筆をしゃかしゃかと動き始めた。
でも、ユウちゃんは、おばさんが持ってきた色鉛筆のケースを開くのをためらっていた。ケースにどんな罠があるかわからないからね。だから、ユウちゃんは、皆にカエルの方を向くような発言をしたんだ。
「ねえ、このカエルの目、死んでいるのに、ときたま動いていない? 」
「ええ、そんなはずないよ」と、言いながら、皆がカエルをのぞきこんだときに、ユウちゃんは、とっさにケースをすげ替えたの。すげ替えがうまくいったので、ユウちゃんは、僕と目を合わせて、ニタニタとしていたよ。僕としても、おばさんの色鉛筆を使いたくなかったからね。
ユウちゃんは、安心した顔で、自分の持ってきた鉛筆ケースを開けたんだ。で、緑色の色鉛筆を取り出して、しゃかしゃかと動かして紙に輪郭を描いていった。ユウちゃんは、とても絵がうまいんだよ。でも、右の人差し指が無いから、とても書きづらそうだったね……。
ユウちゃんは、すっかり輪郭を描き終えると、いよいよ、内臓の絵を描こうとしたんだ。でもね、ケースから、赤の色鉛筆を取り出すと、芯がぽきりと折れていたの。
「あれ、おかしいなあ、昨日、すべて、トキントキンにしてきたのに」と言いながら、ケースに付属で入っていた鉛筆削りを取り出したの。
その鉛筆削りに、鉛筆を入れて、二、三回くるくるとまわすと「かちり」という音がした。その瞬間、ばああああああああああああんという音と光が飛び散って、爆発したの。びっくりしたよ。ユウちゃんと、周りの子達が怪我をしたの。何がなんだかわからなかったけど、僕は、怪我ひとつしなかったよ、えへへ。
──鉛筆削りの刃が「たまたま」欠けていて、色鉛筆を差し入れて回したときに、鉄同士がすれて「たまたま」火花が発生……し、「たまたま」漏れていた実験用のガスバーナーのガスに「たまたま」引火して、爆発……へえ、なるほど。と、いっても、良く、わからないや。えへへ……。とにかく「たまたま」尽くしだっていうことはわかったよ。
じゃ、おばさんが「臭う」って言っていたのは、ガスの臭いだったのかな?
──おばさんが届けたケースの中身? ああ、あれは、ユミちゃんのものだったみたい。結局、中身は、いたって普通の色鉛筆が入っていただけだったよ。
あとできいたんだけど、ユミちゃんは、おばさんに仕掛けたみたい。家に、おばさんの目に付くように、色鉛筆のケースを置いておいたんだって。おばさんが、ケースを動かしたときに、その下からナイフが飛び出すような仕掛けを作っておいたんだけど、結局、おばさんは、そのケースの存在を気にしなくて、結局、動かしたのは、おじさんだったみたい。──そうそう、ユウちゃんのお父さん。──あ、そういえば、確かに、おじさんがどうなったのかな?
おばさんは「ユウちゃんが今日の実験で使うはずの色鉛筆を忘れたんじゃないか」と思って、学校に届けたみたい。だから、おばさんにとっては「色鉛筆を届ける行為」こそ、想定外だったようだよ。
──僕? あ、うん、僕も、ちゃんと仕掛けたよ。ユウちゃんの机の中の、丁度、色鉛筆のケースが置かれたあたりに画びょうを敷き詰めて置いたんだ。でもね、一時間目の授業の教科書を取るときに作動しちゃったんだ……御題を満たせなかったから、失敗。残念……。
──その回の勝利者? やだなあ、勿論、おばさんだよ。ガス栓、赤鉛筆の芯、鉛筆削りの仕掛け……鮮やかだったなあ。──すべて、偶然の結果? そうだと思っていたら、おじさんは、いつまでたっても、おばさんに敵わないよ。ガス爆発が不発だったとしても、何十もの仕掛けがあったんだろうね。
──あ、ちょっと、待って、おじさん……散々、話を聞いておいてズルいじゃないか。──また今度だって? 約束をちゃんと守ってよ……アメ玉をおくれヨオオオオオオオオ。
ちくしょう……。せっかく、手のひらに画びょうの針を仕掛けておいたのに……。せっかく、今回のお題と勝利条件を伝えて、ゲームに巻き込むことに成功したのに……。
「好意」を「踏みにじる」……結局「元警察のおじさんが来るから、何とかしなさいよ、オホホホ」と、教えてくれたおばさんの勝利条件を満たしてしまった……。まだまだ、おばさんには敵わないや……。
平成二十年七月十二日